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v0.28.9 — 本稿は建設中です。理論の構成、命題、実証の結論はいずれも変更されうるものです。概要

Chapter 15
族2と族5の実証:前受型と成果連動型

15.1 本章で検証する命題

第II部で列挙した類型のうち、族2(継続アクセス)と族5(成果・状態連動)を対象に、 注2.22(乖離の発生条件)と第4章の可測性条件を検証する。 この二族を選ぶ理由は第11.5節に述べた。 余剰の三分解のうち Φ の形に依存する二項を一つずつ単独に含み、 かつ図2.1の対角に位置するためである。 第III部の方針に従い、調査に先立って含意を確定し、 それが支持されたか否かを、外れた部分を含めてそのまま記載する。

事前に確定した含意は次の二つである。

登録した含意(族2):取引頻度 ν が低い商品ほど、権利と行使の乖離が大きい。 具体的には、日次利用される決済手段より、贈答用の商品券のほうが乖離が大きい。

登録した含意(族5):成果の事後検証が難しい職種ほど、返戻金制度が強い (返戻率が高い、または対象期間が長い)。

結論を先に述べる。族2の含意は水準について支持されたが、 測定できたのは ϕcog ではなく κ であった。 族5の含意は検証できなかった。必要な変数が集計統計に存在しない。

本章で扱う理論量
D,P,κC 式(3.2)

発行額・回収額・未使用残高として直接観測

CCC = W∕r 式(5.1)

媒体別・業種別に算出。15–1,904 日

δ¯ − δ 第2.7節

有効期限到来分。上界のみ

ν 式(6.4)

購入事由(贈答比率)で代理

𝒢 第4章

掲載項目集合として族5で観測

y 第4章

6か月以内離職者数

b 例4.5

返戻金制度の有無。率と期間は不統一

手数料実績率 第15.3.5.0節

価格側の代理変数。連続量

表 15.1: 本章(族2・族5)で扱う理論量と対応する実測値。

15.2 族2:前払式支払手段

15.2.1 データ源と母集団

一般社団法人日本資金決済業協会「第27回発行事業実態調査統計」(令和6年度版)を用いた。 第12.9節の方針どおり、上場・非上場を問わない全数フレームである。

項目

内容

母集団

令和6年度末の登録・届出発行者 2,034者(第三者型829者・自家型1,205者)

回答

812者、回答率 39.9%。ただし発行額ベースでは全発行者の約9割をカバー

規模

発行額 28.2兆円、未使用残高 2.90兆円

制約

協会は「調査ごとの回答者が異なるため、計数には連続性はありません」と明記

表 15.2: 族2(前払式支払手段)のデータ源と母集団(令和6年度)。

15.2.2 滞留期間の測定

本節の量を理論の記号に対応させる。発行額が累積決済 P、回収額が累積履行 D、 未使用残高が式(3.2)の − κC にあたる。令和6年度の値は

P = 28,150,350,D = 28,241,983,κC = −2,895,327(百万円) (15.1)

であり、κC < 0 すなわち顧客が発行者に与信している。 運転資本を W = −κC、売上速度を r = P とすれば式(5.1)より

CCC = W r = 2,895,327 28,150,350 × 365 = 37.5日

を得る。これを日数に換算したものを滞留日数と呼ぶ。業種別の結果は表15.3のとおりである。

業種 発行額(百万円) 滞留日数
ホテル・旅館業 652 2,111
旅行業 42,603 1,948
百貨店 72,890 1,223
不動産業 1,230 650
通信業 237,299 463
協同組合・商工会議所等 187,364 140
スポーツ・レジャー 12,361 115
外食業 142,327 107
クレジット・割賦販売業 4,301,983 59
運輸業 3,123,308 26
スーパー 2,198,404 17
全体 28,150,350 38
表 15.3: 業種別の発行額と滞留日数(族2、令和6年度)。

順序は登録した含意と整合する。運輸業(交通系IC、日次利用)とスーパー(日常買物)が 20日前後であるのに対し、宿泊券・旅行券・百貨店商品券は1,200日から2,100日である。

補強材料として、式(6.4)の取引頻度 ν の代理変数となる購入事由の集計がある。 紙型は購入者自身が使うものが41.5%、贈答用が30.1%であるのに対し、 IC型は自身が使うものが95.5%、贈答用が0.0%である。 贈答では δ¯ を保有する主体と δ を実行する主体が分離するため、 ν が構造的に低くなる。

15.2.3 対抗仮説の分離

有力な対抗仮説がある。紙商品券市場の縮小により発行額(フロー)が減少し、 未使用残高(ストック)が過去の蓄積として残れば、比率は機械的に上昇する。 これは第12.5節の時点効果にほかならない。

業種別の断面では分離できない。しかし媒体別のパネルには、 成長している媒体と縮小している媒体が同時に含まれるため、識別が可能になる。

媒体 R2 R3 R4 R5 R6 R2 →R6 発行額
磁気型 1,307 1,630 1,338 1,916 1,904 −32.2%
紙型 775 758 668 764 845 −6.0%
サーバ型 16 15 17 16 17 +45.3%
IC型 15 14 16 15 15 +23.5%
表 15.4: 媒体別の滞留日数の推移と発行額変化率(R2〜R6年度、族2)。

(数値は滞留日数。最右列のみ発行額の変化率)

判定は二つに分かれる。

(1)
水準差は市場縮小では説明できない。 紙型は5年間で発行額が6.0%しか減っていないにもかかわらず、 令和2年度の時点ですでに775日の滞留がある。IC型の15日に対して約50倍である。 縮小が進行していない起点で差が存在する以上、水準は構造に由来する。 また成長している二媒体(IC型・サーバ型)の滞留は5年間ほぼ不動であり、 機械的な比率上昇は起きていない。
(2)
変動の一部は市場縮小で説明できる。 磁気型は発行額が32.2%減少し、滞留は1,307日から1,904日へ上昇した。 紙型も令和4年度の668日から845日へ戻している。ここは対抗仮説が効いている。

水準の推移を図15.1に示す。

図 15.1: 媒体別の滞留日数(対数目盛)。二桁の水準差が起点から存在する。

すなわち水準は ν、変動の一部は時点効果という分離になる。 第12.5節で一般には識別不能と述べた問題に対し、 成長セグメントが同時に存在したことで部分的な識別ができた。 これは一般解ではなく、この題材に固有の幸運である。

補助的な観測として、使用期限を設定していない比率は 紙型71.2%、磁気型52.0%、IC型37.9%、サーバ型(リアル店舗)19.0%であり、 磁気型を除けば滞留日数と順序が一致する。 ただし因果の向きは特定できない。期限を設定しないから滞留するのか、 贈答用のように滞留する商品だから期限を設定しないのか、 おそらく同じ ν が双方を決めているが、このデータでは決着しない。

15.2.4 検証できなかったこと

命題 15.1 (測定対象の限定). 本節で測定できたのは信用ポジション κ の大きさであって、 式(2.15)の認知余剰 ϕcog ではない。

滞留が長いことは、権利が最終的に行使されないことを含意しない。 ϕcog に対応する数値は有効期限到来等による回収額 20,634百万円のみであり、 未使用残高比 0.71%、発行額比 0.073% にすぎない。 しかも協会はこの金額に払戻しによる回収額も含まれているものと考えられると注記しており、 純粋な非行使額ではない。

したがって族2 の結論は次に限定される。

前受型 Φ において、取引頻度 ν が低い商品ほど |κ| が大きく、 その差は二桁に及ぶ。ただしこの滞留が認知余剰に転化するかは、公開データでは判定できない。

第5章(κ と滞留)は支持されたが、 第2.7節(認知余剰)は未検証のまま残る。前者は後者の必要条件にすぎない。

15.2.5 個社データの不在

協会は、財務局等行政機関職員には法令上守秘義務が課せられており、 発行者から報告された事項を第三者である協会に情報提供することはできないと明記している。 金融庁は登録・届出者の一覧を公表しているが、そこに未使用残高は含まれない。 加えて、発行者自身から未回収率(期限切れ等)の状況も開示してほしいという要望が出ており、 すなわち退蔵率は現在集計されていない。

結果として、業種内・媒体内のばらつきは一切観測できない。見えているのは平均だけである。

15.2.6 残った障害の性質

本領域で ϕcog が測れないのは、退蔵率が集計されていないためである。 協会の統計に対しては発行者自身から 「未回収率(期限切れ等)の状況も開示してほしい」という要望が出ており、 この統計の枠内では測定が行われていない。

これは(i)測定の不在にみえる。しかし障害の所在はより限定的である。 命題14.13の三条件のうち、 本領域で欠けているのは (2) 個票の実現利用と (3) 注意を強制する外生イベントであり、 (1) 契約上の権利は媒体別の使用期限として観測できる。 すなわち測定手法は確立しており、欠けているのはデータの粒度である。

したがって第13.2節の分類では、 族2の ϕcog は(iv)アクセス制約に属する。 ただし通常のアクセス制約と異なり、必要な粒度のデータは 発行者の内部にしか存在せず、公表を待つ経路がない。

個社の未使用残高が守秘義務により非公開である点は副次的である。 仮に個社データが得られても、報告項目に個票の利用記録が含まれない以上 ϕcog は推定できない。

族2 の主要障害

(iv)アクセス制約。個票と外生ショックを欠く

表 15.5: 族2の主要障害の判定。

15.3 族5:有料職業紹介

15.3.1 データ源と母集団

厚生労働省「令和6年度職業紹介事業報告書の集計結果(速報)」を用いた。 職業安定法に基づく全事業者の悉皆報告であり、族2 と同様に上場バイアスを免れる。

項目

内容

母集団

事業報告を提出した有料職業紹介事業所 30,561。うち就職実績のあった事業所 13,946

規模

常用就職 888,993件(有料)、手数料収入 約9,835億円

単価

常用就職1件あたり手数料 約103万円

表 15.6: 族5(有料職業紹介)のデータ源と母集団(令和6年度)。

15.3.2 契約レジームの選択

職業安定法は手数料徴収方法として上限制と届出制を用意している。 上限制は賃金額の一定率に固定された公式ベースの契約、 届出制は事業者が自由に設定して届け出る契約である。

手数料の種類 金額(千円) 構成比
届出制手数料 980,821,781 99.73%
上限制手数料 1,804,568 0.18%
その他(受付等) 827,808 0.08%
合計 983,454,157 100%
表 15.7: 手数料徴収方法別の内訳(族5、令和6年度)。

上限制はほぼ消滅している。

注 15.2 (この事実は可測性の証拠ではない). 上限制は賃金額の約11%(6か月分)に固定されており、年収換算では5%程度にしかならない。 届出制の実勢である年収の30%前後とは水準が一桁異なる。 すなわち市場が公式ベースの契約を拒否したのではなく、公式が定める価格が低すぎるだけである。 これは制度層が価格を規定した結果として選択肢が使われなくなった現象であり、 第4章の可測性とは無関係である。 上限制の消滅は価格水準の帰結であり、可測性仮説の材料にはならない。

15.3.3 職種別の1件あたり手数料

手数料には臨時日雇分が混在している。全国計では常用就職に係る手数料が 9,136億円と全体の約93%を占めるが、職種別の内訳では両者が分離されていない。 そこで、常用就職1件あたりの臨時日雇就職延数(人日)を混入度と定義し、 これが1未満の職種に限って算出した。

職種 就職件数 混入度 万円/件
法人・団体役員 1,392 0.42 437
法人・団体管理職員 16,007 0.16 288
経営・金融・保険の専門的職業 11,346 0.09 268
法務の職業 2,217 0.05 225
研究者 3,167 0.27 188
総務・人事・企画事務 25,716 0.38 183
開発技術者 19,339 0.40 165
情報処理・通信技術者(ソフト開発) 39,780 0.20 150
営業の職業 89,563 0.28 142
建築・土木・測量技術者 26,230 0.12 139
デザイナー 3,969 0.38 116
表 15.8: 職種別の1件あたり手数料(混入度1未満の職種、族5)。

序列は職位の高さに対応しており、手数料率がほぼ一定であれば年収の反映にすぎない。 年収の分母がないため、可測性仮説に対する識別力がない。 役員の手数料が高いのが、成果の観測しにくさによるのか単に年収が高いからなのか、 このデータでは区別できない。

15.3.4 可測性仮説が検証できない理由

返戻金制度のデータは本集計に存在しない。個社ごとに人材サービス総合サイトに 掲載されているのみである。したがって可測性仮説は未検証である。

さらに深刻な問題がある。

注 15.3 (データの穴が関心と一致する). 医療・介護・保育は、返戻金制度を含む規制が集中的に投入された分野である。 制度層が介入したという事実自体が、この分野で可測性の問題が深刻だと 当局が判断した証拠になる。ところがこれらの職種は臨時日雇(スポット勤務)の 混入が著しく、集計値から1件あたり手数料を算出できない。 混入度は医師35、看護師・准看護師12、施設介護5、保育士4である。

すなわち理論的関心が最も高い領域が、そのままデータの穴になっている。 これは偶然ではない可能性がある。スポット勤務が発達する分野は、 雇用関係が短期化しやすく、まさに成果の事後検証が難しい分野だからである。

15.3.5 手数料と離職率

データ源

人材サービス総合サイトの事業所詳細ページを確認した結果、 第IV部で懸念した非構造化の問題は、返戻金の内容を除いて生じていなかった。

変数

掲載形式

判定
就職者数(無期/有期/日雇の別)

数値、令和2〜7年度の6年分

構造化
6か月以内離職者数(無期雇用)

数値、同6年分

構造化
離職が判明せず(無期雇用)

数値、同6年分

構造化
職種別の手数料実績率

パーセント、令和7年度から

構造化
返戻金制度の有無

有/無

構造化
返戻金の率・期間

事業者が任意形式でPDF添付

非構造化
表 15.9: 人材サービス総合サイトの掲載変数と構造化の状況。

さらに詳細検索により、職種・手数料実績率・離職率を条件として指定でき、 検索結果に三者が同時に表示される。 これにより事業所を一件ずつ開く必要がなくなり、 第15.3.5.0節の307社の取得が可能になった。 ただし条件に指定できる職種は医療・介護・保育分野の9つに限られる。

データ源は三点において良好である。

第一に、常用と臨時日雇が分離されている。 第IV部で医師・看護師の集計値が使えなかった混入の問題は、 個社レベルでは生じない。

第二に、手数料が率(パーセント)で公開されている。 第IV部で「年収の分母がないため識別力がない」と述べた問題は、 すでに割り算された形で掲載されているため、外部から年収データを調達する必要がない。 一例として、ある事業所では令和7年度の実績率が ソフトウェア開発40.1%、デザイナー37.4%、営業37.7%と職種別に掲載されていた。

第三に、「離職が判明せず」という欄が存在する。 これは事業者が就職者のその後を観測できているかを示す数値であり、 第4章の 𝒢(検証可能な共有情報)の広さの、 代理変数ではなくほぼ直接の観測である。 第IV部で「B1側の代理変数を作れていないのが設計上の最大の弱点」と 記した問題への解答になりうる。ただし自己申告であり、 追跡していない事業者がゼロと記入している可能性は排除できない。

また、適正認定事業者の個社ページには 「厚生労働省 人材サービス総合サイトURL/許可番号」欄があり、 認定一覧から事業所詳細ページへの連結キーが存在することを確認した。

説明変数が制度により規定される範囲

検定に用いようとする説明変数は返戻金制度の強度 b、 具体的には返戻率と対象期間である。 このうち対象期間が、一部の分野で制度により下限を課されている。

医療・介護・保育分野の適正認定制度では、2024年度認定より、 早期離職時の返戻金は求職者が就職後少なくとも6か月以内に離職した場合を 対象としていることが認定条件となっている。

この分野の認定事業者に限り、対象期間の下限は市場選択ではなく規制の産物である。 認定事業者を標本に含めたまま対象期間を説明変数とすると、 測っているのは規制の遵守であって契約選択ではない。 ただしこの論点が及ぶ範囲は限定的である(注15.4)。

注 15.4 (適用範囲の限定). この論点が及ぶ範囲は限定的である。

第一に、対象は医療・介護・保育分野の認定事業者のみである。 認定事業者は実企業で60–70程度、 事業所30,561のうちごく一部にすぎない。

第二に、規定されるのは対象期間の下限のみであり、 返戻率の水準や下限を超える期間の設定は規制されない。

第三に、認定は任意であり、認定を受けない選択も可能である。 ただし2026年8月に配置基準の柔軟化等に係る特例対応の要件として 適正認定事業者の活用が含まれたため、認定に経済的価値が付与された。 遵守圧力は強まる方向にある。

したがって「制度が説明変数を規定する」という主張は、 標本の一部について、変数の一成分の下限にのみ当てはまる。 これを分野全体や返戻金制度一般に拡張することはできない。

これは(iii)識別不能に属するが、同時に識別の機会でもある。 規制が特定分野にのみかかっているため、三群の比較が構成できる。

群 分野 認定 返戻金の決定要因
A 医療・介護・保育 あり 規制(6か月が下限)
B 医療・介護・保育 なし 市場選択
C その他分野 — 市場選択
表 15.10: 返戻金制度の決定要因による三群(A/B/C)の比較。

B対C が本来の仮説検定にあたる。 A対B は別の問いに答える。すなわち規制が市場をどれだけ動かしたかである。 B群も大半が6か月を提供しているなら規制は非拘束的で、市場が既に選んでいたことの追認にすぎない。 B群が1〜3か月中心なら規制は拘束的で、市場均衡から離れた水準を強制したことになる。

A対B は可測性仮説とは別物だが、 制度層が Φ をどれだけ書き換えられるかの直接測定であり、 第6.3節の主張の検証になる。

記録の粒度が二つの資料で異なる

より実務的だが深刻な問題がある。 返戻金制度と手数料率は別の資料から取得する必要があるが、 両者は記録の粒度が異なる。

資料

内容

記録の粒度
適正認定事業者一覧

認定を受けた事業者の名簿。厚生労働省が公表

企業 ×分野
人材サービス総合サイト

就職者数、離職者数、職種別手数料率

事業所
表 15.11: 返戻金制度と手数料率、それぞれの資料と記録粒度。

認定事業者一覧では、同一企業が医療・介護・保育の三分野で別レコードとして登録され、 認定番号も分野ごとに異なる。 一方、人材サービス総合サイトの許可番号は特定の事業所を指す。

したがって、複数事業所を持つ企業では、認定に紐づく許可番号が 企業全体の実績をカバーしているかが不明である。 ある大手は介護分野で9職種、医療分野で6職種の認定を受けているが、 事業所単位の職種別手数料率がその粒度をカバーする保証はない (第15.3.5.0節で確認した事業所は5職種のみであった)。

この誤差は規模と相関する。大手ほど不整合が大きく、 認定事業者には大手が多い。系統的なバイアスになる。

職種分類の三系統分裂

接続を要する分類が三つあり、対応表が存在しない。

系統 区分

例

職業紹介事業報告書 約110職種

看護師、准看護師

人材サービス総合サイト コード番号制

009、010、017、033、048

適正認定制度 分野別の細区分

看護職、リハビリテーション専門職

表 15.12: 職種分類の三系統と、それぞれの区分方式。

認定制度側は「看護職」が看護師・准看護師・保健師・助産師を含むと注記しているが、 他は不明である。コード番号制の体系は職業紹介事業報告書の職種順序と一致しない。 対応表の作成自体は労力で解決可能な範囲にある。

認定事業者に限った分析の制約

適正認定事業者一覧は約100件である。 認定は企業×分野単位であり同一企業が複数分野で重複するため、 実企業数は60から70程度と見込まれる。

認定の有無を説明変数とする分析は、この規模では成立しない。 第15.3.5.0節の標本307社のうち認定事業者は一部にすぎず、 群間比較の検定力が得られない。 第12.9節で述べたとおり、フレームの網羅性は標本規模を保証しない。

ただしこれは認定を変数とする分析に限った制約である。 手数料実績率と離職率の関係は、認定の有無によらず全事業者について測定でき、 実際に307社で実施した。

符号が一意に定まらない

族5 で検証しようとするのは、第4章の可測性が契約形態を決めるという主張である。 素朴に述べれば「成果の事後検証が難しい職種ほど返戻金制度が強い」となるが、 この形では逆向きの力を無視している。

例4.5の最適強度 b⋆ ∝ 1∕(1 + rσ2k) から二つの力が出る。

素朴な定式化はB1のみを見ている。多くの職種で両者は同方向に共変するため、 符号が一意に決まらない。

注 15.5 (これは分野全体の未解決問題である). 符号が定まらないことは、本稿に固有の設定上の不備ではない。

リスク・インセンティブ・トレードオフ(RIT)は四半世紀の論争の対象であり、 実証的には支持されていない。 [24, 25] は 26の実証研究を検討し、理論が予測する負の関係を見出したのは4件のみであり、 むしろ不確実性と成果連動の間に正の相関が観察されると報告している。 Prendergast 自身の説明は、不確実な状況では企業は労働者の時間の使い方を把握できないため 権限を委譲し、その裁量を制約するために産出に基づく報酬を用いる、というものである。 すなわち本節でB1と呼んだ力は、既に定式化された対抗理論として存在する。

論争は現在も継続している。実験室では支持する結果が報告されはじめており、 期待効用理論を離れて Rank-Dependent Utility を用いると RIT が頑健に成立するとの 主張もある。

したがってこの仮説は第13.2節の分類における (ii)仮説の不良設定に属する。 検定可能な形にするには、B1とB2を分離して操作化しなければならない。

価格側からの検定

b⋆ の式そのものは、必要な量が揃わないため検定できない。

必要な量 記号

状態

成果連動の強度 b

返戻金の率と期間。形式が事業者ごとに異なる

結果のノイズ σ2

制御不能な変動のみを取り出す必要がある

努力の情報量 分子

代理変数を構成できていない

リスク回避度 r

実験的手法を要する

表 15.13: b⋆ の検定に必要な量とその状態。

σ2 は集計すれば足りるものではない。 必要なのは事業者の努力では制御できない部分の分散である。 職種別の離職率分散には事業者の選別や定着支援の巧拙が混入しており、 制御可能な変動と制御不能な変動が分離されていない。

そこで代わりに価格側の反応を見る。 可測性仮説が正しければ、成果が不確実な職種ほど 事業者は手数料を低く設定せざるをえないはずである。

登録した含意:職種別の手数料実績率は、その職種の離職率と負に相関する。

対抗仮説:手数料率は職種の年収水準や商慣行で決まり、離職率とは無関係である。

検定の結果

人材サービス総合サイトの詳細検索により、 職種・手数料実績率・離職率を同時に取得した。 標本は東京都、許可番号13-ユ、四職種である。

職種 n 手数料率 中央値 SD 離職率 r 慣行値の割合
看護師 82 23.0% 21.9 6.9 12.8% −0.171 40%
医師 101 22.9% 20.0 6.2 2.3% +0.015 64%
施設介護 67 22.2% 22.1 5.3 6.4% −0.103 45%
保育士 57 25.6% 25.0 5.3 5.8% +0.025 54%
計 307 23.3% 22.2 6.1 6.7% −0.095 —
表 15.14: 職種別の手数料実績率と離職率、その検定結果(307社)。

慣行値の割合は手数料率が 20/25/30% ちょうどである事業者の比率

標本の範囲は注15.7に、 副次的な観測は注15.8に記す。

この含意は支持されない。 説明変数が動いていない。 第13.2節の(vi)にあたる(注13.1)。 四職種すべてで相関は有意でなく(|t|≤ 1.55)、符号も一定しない。 307社をプールしても r = −0.095、t = −1.67 である。

規模を統制しても変わらない。 無期就職者数の対数を統制変数とした偏相関は − 0.084(t = −1.19)、 さらに職種平均を除去した残差では − 0.055(t = −0.78)である。

職種間の非対称

より重要なのは職種間の対比である。

範囲 比
手数料率(職種平均) 22.2 – 25.6% 1.16 倍
離職率(職種平均) 2.3 – 12.8% 5.49 倍
表 15.15: 手数料率と離職率、職種間のばらつきの比較。

離職率が5.5倍異なるにもかかわらず、手数料率は1.16倍しか異ならない。 職種レベルの相関も r = −0.102 とほぼゼロである。

さらに手数料率は少数の値に集中する。 20%、25%、30% のいずれかちょうどである事業者が全体の 40–64% を占め、 15–35% の範囲に 9割が収まる。 定着が最も安定している医師で集中度が最も高い(64%)。

注 15.6 (理論が想定する調整が作動していない). 例4.5の b⋆ = 1∕(1 + rσ2k) は、 結果のノイズに応じて成果連動の強度を調整することを予測する。 本節の観測は、その調整が価格に現れていないことを示す。

これは第13.2節の(i)–(iv)のいずれとも異なる。(vi)にあたる。

(i)測定の不在

該当しない。307社分が公表されている

(ii)仮説の不良設定

別途該当するが、本節の観測はそれとは独立

(iii)識別不能

該当しない。交絡は統制済み

(iv)アクセス制約

該当しない。データに到達している

表 15.16: 観測結果と検証障害の分類との対応((i)–(iv) のいずれにも該当しない)。

説明変数が理論の想定する範囲で変動していない。 価格が慣行で決まるならば、σ2 をどれだけ精密に測っても b は反応しない。 理論の精密化でもデータの追加でも解決しないという点で、 これまでのどの障害とも性質が異なる。

同時にこれは記述的な発見でもある。 医療・介護・保育分野の人材紹介において、 手数料率は成果のリスクに応じて調整されておらず、 20–30% の慣行値に集中している。

注 15.7 (本節の標本の限界). 標本は東京都、許可番号13-ユ、四職種に限られる。全国を代表しない。

第一に、全国展開する事業者の本社が東京に集中するため、 大規模事業者が過剰に含まれる。無期就職1,000人超の事業者が複数ある。

第二に、他県労働局で許可を得た事業者の東京事業所が除外されている。

第三に、詳細検索で職種を指定できるのは医療・介護・保育分野のみである。 情報通信や営業といった他分野では、同じ検定が構成できない。

第四に、手数料を金額で表示する事業者を除外している。 四職種で 307社中の約四分の一がこれにあたる。

なお標本が東京であることは、結論を弱める方向には働きにくい。 事業者密度が全国で最も高い地域であり、 競争が最も激しい市場でも慣行値への集中が観測されることになる。

注 15.8 (副次的な観測:規模と離職率). 規模(無期就職者数の対数)と離職率の相関は職種で大きく異なる。

職種 r(規模, 離職率)
看護師 −0.009
医師 +0.191
施設介護 +0.431
保育士 +0.331
表 15.17: 職種別の規模(無期就職者数の対数)と離職率の相関。

介護と保育で強い正の相関がある。大規模な事業者ほど離職率が高い。 両分野は適正認定制度の対象であり(第15.3.5.0節)、 大量紹介と定着の両立が難しい構造が示唆される。 本稿はこれを検証していない。

B1 の代理変数の候補:規模と離職率

表15.13で、努力の情報量すなわちB1側の代理変数を 構成できていないと記した。注15.8の観測がその候補になりうる。

機構。 規模の拡大が一件あたりの投入を薄めるならば、 事業者の努力が定着に効く職種でのみ離職率が上がる。 努力が効かない職種では、投入が薄まっても離職率は変わらない。 したがって職種別の「規模と離職率の相関」は、B1の大きさの順序を与える。

観測された順序は次のとおりである(注15.8)。

職種 r(規模, 離職率) B1 の含意
施設介護 +0.431 努力が効く
保育士 +0.331 同上
医師 +0.191 中間
看護師 −0.009 努力が効かない
表 15.18: 規模と離職率の相関を B1 の代理と読んだ場合の職種順序。

注 15.9 (機構は識別されない). 上の読みは規模の拡大が一件あたりの投入を薄めるという仮定に依存する。 容量制約が規模に比例して拡大するならば、投入は薄まらず相関は生じない。 本稿はこの仮定を検証していない。

また同じ符号は選別の緩みからも生じる。 大規模な事業者ほど求職者を多く流し、 一件あたりの適合の確認が粗くなるという経路である。 投入の希薄化と選別の緩みは、この観測では区別できない。 いずれもB1と同方向に働くため代理変数としては用いうるが、機構の主張はできない。

なお規模と紹介の質の関係には労働経済学に文献があるが、本稿は渉猟していない。 ここで述べるのは新規性ではなく、既にある観測がB1の代理として使えるかという点である。

含意の登録。 第11.5節の手続きに従い、検定の前に次を固定する。

登録した含意(その1):職種別の「規模と離職率の相関」は、 他都道府県の標本においても表15.18の順序を保つ。 すなわち施設介護と保育士で正、看護師でゼロ近傍である。

対抗仮説:相関は東京都に固有の事情、 とくに全国展開する事業者の本社が集中していることによる標本の産物であり、 他県では現れない。

登録した含意(その2):規模と離職率の相関が強い職種ほど、返戻金制度が強い。 B1が大きい職種では π を y に載せる価値が高いためである。

対抗仮説:返戻金の強度は離職率の水準に対応する。 すなわちB2(リスク側)が支配し、離職率の高い職種ほど返戻金は弱い。

その2が成立すれば、第15.3.5.0節で符号が一意に定まらないとした 可測性仮説について、B1とB2を分離する経路が得られる。 その1はその前提であり、相関が標本の産物でないことを確認する。

事前に確定した事項。

項目

内容

母集団

人材サービス総合サイトに事業報告を掲載する事業所。都道府県を指定し、許可番号の接頭辞で識別する

職種

詳細検索で指定できる医療・介護・保育分野。表15.14の四職種を最低限含める

規模の定義

無期雇用就職者数の対数。第15.3.5.0節と同一

下限

無期雇用就職者数が 0 の事業所は離職率が定義されないため除く

除外

手数料を金額で表示する事業所はその2でのみ除く。その1では用いる

同定

許可番号で名寄せする。事業所行ではなく企業を単位とする(注15.11)

表 15.19: 二つの含意について事前に確定した事項。

その1は第15.3.5.0節で、その2は第15.3.5.0節で検定する。

注 15.10 (同一標本で検定してはならない). 表15.18の相関は307社の標本において事後に観測されたものである。 同じ標本でその1を検定すれば、 第12章の事後的物語化と同型の誤りになる。 その1が要求するのは標本外での再現であり、 これが満たされない限り相関は照合にとどまる(第11.4節)。

規模と離職率の相関の職種順序

人材サービス総合サイトの詳細検索を、都道府県を全国として四職種について取得した。 第15.3.5.0節の標本は東京都に限られていたため、 東京都を除いた部分が標本外にあたる。

職種 検索結果 抽出行数 名寄せ後
施設介護の職業 1,075 1,075 464
保育士 552 552 200
医師 479 479 269
看護師、准看護師 1,322 1,322 469
表 15.20: その1に用いた標本。単位は事業所行、名寄せ後は企業。

抽出行数は検索結果と一致する。許可番号の記号は ユ(有料)3,221 件、ム(無料職業紹介所)200 件、特 7 件の三種である。

名寄せ後の合計 1,402 は企業と職種の組であり、社数ではない。 相異なる企業は 1,130 で、226 社が複数の職種に現れる。 相関は職種ごとに取るため重複は効かないが、 社数として引用してはならない。

注 15.11 (行は事業所単位、値は企業単位である). 検索結果の各行は事業所を表すが、 就職者数・離職率・手数料は許可番号すなわち企業単位の値であり、 その企業の全事業所に同じ値が複製されている。

医師では株式会社パソナ一社が479行中134行を占める。 名寄せせずに相関を取ると同社が134倍の重みを持ち、 無期就職者数の中央値は14人から6,430人に、相関の符号は正から負に変わる。 許可番号による名寄せは前処理ではなく、結論を決める手続きである。

基準値との照合。 表15.18の基準値は金額表示を除いた構成で算出されている。 同じ構成の東京都部分では、四職種とも相関が 0.02 以内、標本数が 2 以内で一致する。 ただし登録した規則(金額表示を含む)では施設介護が + 0.079 となり、 基準値の + 0.431 と一致しない(注15.12)。

結果。 東京都を除いた標本と、東京都を含む全国の双方で算出する。 前者が事前登録した標本外の検定であり、後者が順序についての最良の推定である。

登録どおり(金額表示を含む)
金額表示を除く(基準値の構成)
東京都を除く(標本外)
全国(東京都を含む)
職種 n r t n r t
施設介護 176 +0.246 +3.34 244 +0.187 +2.97
保育士 59 +0.163 +1.25 109 +0.265 +2.85
医師 54 +0.159 +1.16 114 +0.139 +1.48
看護師 150 +0.067 +0.81 242 +0.029 +0.44
順位
施設介護 > 保育士 > 医師 > 看護師
保育士 > 施設介護 > 医師 > 看護師
施設介護 122 +0.221 +2.48 169 +0.228 +3.03
保育士 42 +0.645 +5.34 82 +0.484 +4.94
医師 43 +0.126 +0.81 93 +0.146 +1.41
看護師 116 +0.070 +0.75 186 +0.045 +0.61
順位
保育士 > 施設介護 > 医師 > 看護師
保育士 > 施設介護 > 医師 > 看護師
表 15.21: 規模と離職率の相関。標本と除外規則の四通り。

判定。 事実を分けて述べる。

(1)
順位が基準値と一致するのは四通りのうち一通りだけである。 標本(東京都を除く/全国)と除外規則(金額表示を含む/除く)の組は四通りあり、 基準値の順序が再現されるのは「東京都を除く」かつ「金額表示を含む」場合に限られる。 残る三通りでは上位二つが入れ替わる。
(2)
全国では順位が再現されない。 順序についての最良の推定は、東京都を含む全国である。 そこでは両規則とも保育士が施設介護を上回る。
(3)
定性的な区分は標本にも規則にもよらない。 施設介護と保育士が正、看護師がゼロ近傍である点は、四通りすべてで成立する。 全国では施設介護と保育士がいずれも有意であり(|t| > 2.8)、 看護師は |t| < 0.7 である。

判定は部分的支持とする。 支持されたのは(3)、 すなわち正・正・ゼロ近傍という定性的な区分のみである。 順序そのものは再現されない。

注15.12のとおり登録した規則が 基準値の構成と一致していなかったため、 (1)で一致する一通りを事前に選んだとは言えない。

注 15.12 (登録した除外規則が基準値の構成と一致していなかった). 表15.19は、金額表示の事業所をその1では用いると定めた。 しかし表15.18の基準値は 金額表示を除いた標本について算出されている(注15.7)。 登録した規則は、比較の対象である基準値を生む構成ではなかった。

両方を報告し、判定を規則によらない部分に限ったのはこのためである。 登録の時点で基準値の構成を確認していれば生じなかった不備である。

注 15.13 (標本の限界). 二点を記す。

第一に、表示される離職率は同じ行の就職者数と離職者数から計算できない。 医師では一致するのが479行中115行にとどまり、両者は期間が異なる。 離職率はサイト側の集計値として用いている。 これは第15.3.5.0節と同じ構成であり比較には支障しないが、 規模と離職率が同一期間の量ではないことは記録しておく。

第二に、東京都とそれ以外で規模の分布が異なる。 無期就職者数の中央値は東京都で23人、それ以外で5人である。 全国の推定はこの二つを併せたものであり、規模の分布は二峰である。

返戻金の強度

強度の測り方を先に固定した。 登録時(表15.19)は説明変数を 「返戻金制度が強い(返戻率が高い、または対象期間が長い)」としか書いておらず、 測り方を定めていない。読んでから決めれば後付けになるので、 書面を読む前に次を確定した。

離職までの日数を t、そのときの返戻率を r(t) とし、

強度 = 1 180∫ 0180r(t)dt (15.2)

をもって強度とする。窓を180日に取るのは、 サイト側の離職率が就職後6ヶ月で定義されているためであり、 説明変数と被説明変数の観測窓を揃える。 率が範囲で書かれている場合は下限を採り、 区間が重なる場合は高いほうの率を採る。 細目は data/raw/jinzai/henreikin/README.md に記録した。

判読。 事業所詳細ページの返戻金欄が指すPDF 907件を読んだ。 文字を持たない132件はOCRを通し、 OCRでも確定できない箇所は目視で確認した。判読不能は生じていない。

区分 件数

内容

段階を読み取れた 839

強度を算出

制度なしと明記 11

強度 0

制度ありと申告、率は 0% 4

強度 0

契約書で定めるとして開示せず 46

欠測

リンク先が返戻金に触れていない 7

欠測

計 907

強度を算出できたもの 854

表 15.22: 返戻金の書面907件の判読結果。

注 15.14 (開示しないことは、返さないことではない). 「詳細は契約書で定める」とする46件と、リンク先が手数料表を指す7件は、 強度が分からないのであって、強度が 0 なのではない。 これらを 0 と置けば強度を過小に評価する。 一方、「制度なし」と明記した11件と、 制度を掲げながら率を 0% と届け出た4件は、強度 0 の観測である。 両者を区別して数える。

なお欠測を除外した場合と 0 と置いた場合の双方で以下を検定したが、 判定は変わらなかった。

結果。 強度を算出できた854件を職種別に集計する。 欠測53件の扱いは注15.14のとおりである。

職種 n 中央値 平均 B1
施設介護 359 26.2 27.8 +0.246
保育士 155 25.0 23.9 +0.163
医師 199 33.3 33.4 +0.159
看護師 367 25.8 28.0 +0.067
表 15.23: 職種別の返戻金の強度(中央値と平均)と、その1で測ったB1。

その2は棄却された。 B1の順位は施設介護・保育士・医師・看護師、 強度の順位は医師・施設介護・看護師・保育士であり、 順位相関は ρ = 0.000 である。

対抗仮説も支持されない。 強度と離職率の相関は r = −0.037(1,080観測)、 強度と規模(無期就職者数の対数)の相関は r = −0.079(571観測)で、 いずれもゼロ近傍である。 B1(投入の希薄化)でもB2(リスク側)でもない。

職種による差は医師にのみ現れるが、これは説明しない(注15.15)。 また、この差は強度を測って初めて見えるものであり、 制度の有無では判定できない(注15.16)。

注 15.15 (医師だけが突出することの扱い). 表15.23で医師の強度は他の三職種より3割ほど高い。 医師のB1は4職種中3位であるから、これはB1では説明できない。

本稿はこれを説明しない。 事前に登録していない観測であり、 説明を与えれば第19.2節が挙げる後付けの物語と同型になる。 観測されたという事実のみを残す。

注 15.16 (有無は強度の代理にならない). 制度の有無だけを見ると、単一職種の904社で 医師 84.3%、看護師 84.0%、施設介護 86.5%、保育士 87.0% が「有」であり、 χ2(3) = 1.13 で職種による差はない。 制度はあるのが当たり前であり、二値としての分散がほとんどない。

強度を測って初めて職種間の差(表15.23)が見える。 その差もB1とは無関係だが、有無で代理すれば差の有無すら判定できない。 率を 0% と届け出ながら制度は「有」と表示される事業所が4件あることが、 両者が独立であることの直接の証拠である。

15.3.6 障害の割り当て

族2 の主要障害は(iv)アクセス制約であり、必要な粒度のデータに到達できない。 族5 の主要障害は、b⋆ の式については(ii)仮説の不良設定、 価格側の検定については(vi)調整の不作動である。

族5 では、経路確認の結果データ源は良好であった(第15.3.5.0節)。 実際、価格側からの検定は307社について実施できた(第15.3.5.0節)。 それでも検証が進まないのは、 b⋆ の式については命題が符号を一意に定めないこと、 価格側については説明変数が理論の想定する範囲で変動しないことによる。

この判別には実務上の含意がある。 (iii)(iv)(v)が障害であれば労力の投入は前進を生むが、 (i)(ii)(vi)が障害であれば同じ労力は何も生まない。 どちらであるかを先に判定しないと、労力の配分を誤る。

15.4 二族の比較と方法論的含意

族2

族5

含意

水準について支持

未検証

集計層で分かること

κ の水準差が二桁

ほぼ無し

対抗仮説

部分的に分離できた

未着手

個社データ

不可(守秘義務)

可(人材サービス総合サイト)

残る課題

ϕcog の測定

抽出設計と個社データ取得

表 15.24: 族2と族5の比較:検証状況・個社データ可否・残る課題。

族5 は個社データに到達できれば条件が良いが、 集計層のみを見た現時点では族2 より弱い結論しか得られていない。 フレームの網羅性と変数の充実は独立であり、両方を確認しないと調査の見込みは立たない。

もう一つ、両族に共通する構造が観察された。

命題 15.17 (集計層と個社層のトレードオフ). 本稿が扱う二つの領域では、規制に基づく全数フレームは構造変数(κ、契約形態)を 集計値としてのみ提供し、余剰変数(ϕcog、ϕbarg)は 選択された部分標本でしか観測できない。

族2 で ϕcog に踏み込むには、退蔵益を個別開示している上場企業の 有価証券報告書に降りる必要があるが、それは第12.9節で述べた 0.1%の標本に戻ることを意味し、第12.3節の開示選択バイアスが復活する。 構造は全数で見えるが、余剰は選択された標本でしか見えないという制約が、 少なくともこの二領域では成立している。

15.5 データ源の構造

15.5.1 詳細検索

同サイトの詳細検索は、職種・手数料実績率・離職率を検索条件に指定でき、 指定した場合はそれらが検索結果の一覧に表示される。 第15.3.5.0節と第15.3.5.0節の標本はこれによる。

検索条件に指定できる職種は医療・介護・保育分野の9種に限られる。 情報通信や営業といった他分野では同じ取得ができない。 本稿が四職種を対象とするのはこの制約による。

事業所ごとの詳細ページは、一覧より情報が多い。 就職者数・離職者数が年度別に並び、事業所が届け出た全職種が示され、 返戻金制度の届出書類への参照が置かれる。 第15.3.5.0節の返戻金はここから得た。

15.5.2 三経路の帰結

調査計画(第III部)で挙げた三経路の帰結を記す。

掲載率の測定。 四職種の検索結果では、手数料を率で表示する事業者が約四分の三、 金額で表示する事業者が約四分の一であった。 掲載自体はほぼ全事業者で行われている。 義務化初年度としては入力が進んでいる。

分野別離職率の記述。 達成された。 第15.3.5.0節のとおり、 四職種の離職率が事業者単位で得られた。 職種平均は医師 2.3%、保育士 5.8%、施設介護 6.4%、看護師 12.8% であり、 5.5倍の開きがある。

規制の拘束度の測定。 達成された。 返戻金の強度を907件について測り、 第15.3.5.0節でその2を検定した。 手数料率については、認定事業者の標準偏差が 2.2 と 非認定の 7.0 より小さいという観測が得られている(第15.3.5.0節)。 認定条件に手数料率の規定はないため、これは間接的な効果である。

15.5.3 記録の粒度の不整合

第15.3.5.0節で指摘した企業と事業所の粒度の不整合は、 第15.3.5.0節の全国の標本において明確な形で現れる (注15.11)。検索結果の行は事業所を表すが、 就職者数・離職率・手数料は企業単位の値であり、その企業の全事業所に複製されている。

15.6 到達点と断念

15.6.1 断念した対象

(1)
本稿のデータによる族2 の ϕcog の測定。 命題14.13の (2)(3) を欠くため、 個票の利用記録と外生ショックを伴うデータに到達しない限り推定できない。 なお同種の量は他者により測定されている(第14.6.1節)。 断念するのは公表統計による測定であって、測定そのものではない。
(2)
族5 の b⋆ の式の検定。 b を連続量として得ること、および σ2 から 制御不能な部分のみを取り出すことができない((ii)仮説の不良設定)。
(3)
価格側からの検定の続行。 第15.3.5.0節により無相関が確認された。 説明変数が慣行値に集中して変動しないため、 標本を増やしても結果は変わらない((vi)調整の不作動)。

15.6.2 条件付きで可能な対象

(5)
他都道府県への拡張。 第15.3.5.0節の標本は東京都に限られる(注15.7)。 詳細検索は都道府県を指定するため、他県での再現は同じ手続きで可能である。
(6)
規模と離職率の関係の検証。 第15.3.5.0節で二つの含意を登録した。 検定には他都道府県の標本を要する。
(7)
返戻金の率と期間の収集。 事業者ごとに掲載形式が異なるため、一件ずつ人が読む作業になる。 認定事業者60–70社に限れば実行可能な規模である。

15.6.3 族2と族5の到達点

族2

族5

検証できたこと

κ の水準差が二桁。対抗仮説を部分的に分離

手数料率と離職率が無相関。慣行値への集中

検証できなかったこと

ϕcog(本稿のデータでは)

b⋆ の式

主要障害

(iv)アクセス制約

(ii)不良設定と(vi)調整の不作動

副次的障害

個社データの守秘義務

記録の粒度、母集団の小ささ、同定失敗

再開の条件

個票データへの到達

なし。(vi)は労力で解決しない

表 15.25: 族2と族5、それぞれの到達点のまとめ。

族2 については、登録した含意のうち水準に関する部分が支持された。

族5 については、b⋆ の式の検定には至らなかったが、 価格側の検定により記述的な結果が得られた。 医療・介護・保育分野の人材紹介において、 職種平均の離職率が5.5倍異なるにもかかわらず手数料率は1.16倍しか異ならず、 20–30% の慣行値に集中している。

第15.3.5.0節で仮説の構造的欠陥を特定したことに加え、 第15.3.5.0節で理論が想定する調整が現実に作動していないことを 示せたのは、データの追加では到達しえなかった結果である。

15.7 集計されない量:個人事業主の信用ポジション

個人事業主の κ を測ろうとした際、二つの統計に当たった。

統計

状態

判定
個人企業経済調査

資産・負債を調査していたが2019年度に廃止

測定の喪失
中小企業実態基本調査

個人事業者用の調査票は存在するが、資産・負債の集計表は法人企業のみ

調査されるが集計されない
表 15.26: 個人事業主の κ に関わる二つの統計の状態。

前者は(i)測定の不在だが、過去には測定されていた点で通常の事例と異なる。 2018年度以前のデータは存在するため、過去については分析可能である。

後者はより特異である。調査票が存在する以上、 回答は収集されている可能性が高い。しかし公表される集計表に含まれない。 これは(i)でも(iv)でもなく、集計の選択という第五の障害である。

注 15.18 (集計の選択が観測を規定する). 第III部で扱った選択バイアスは、 標本の選択と変数の測定に関するものであった。 本節が示すのは集計の段階での選択である。

どの断面を公表するかは統計作成者が決める。 法人企業について資産・負債を集計し個人企業について集計しないという判断は、 中小企業施策の必要性に基づくものであろうが、 結果として個人事業主の信用ポジションは観測されない。

第12.9節で述べた「フレームの網羅性は標本規模を保証しない」に加え、 標本に含まれることは集計されることを保証しない。