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v0.28.9 — 本稿は建設中です。理論の構成、命題、実証の結論はいずれも変更されうるものです。概要

Chapter 9
無人化:運営者を除いた極限

9.1 問い

第8章は一人事業を扱った。本章はその極限、すなわち 運営者が存在しない事業が成立するかを問う。 立ち上げに人手が要ることは自明であるため、 定常運転に限って無人化が可能かを検討し、次いで立ち上げ費用そのものを どこまで削減できるかを扱う。

本章で扱う理論量
Ω,Ω^ 第4章

状態空間と、設計時に想定した部分集合

λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 本章

Ω∖Ω^ の到来率

𝒢 第4章

自動化はこれより強い条件を要求する

κC > 0 式(3.2)

無料期間として自ら発行する信用

表 9.1: 本章で扱う理論量の一覧。

9.2 無人の定式化

9.2.1 自動化は可測性より強い条件である

第4章では、契約が実装可能である条件を 𝒢 可測性とした。 自動化はこれより強い。

定義 9.1 (自動化). 応答を状態空間上の可測関数 a : Ω →𝒜 として事前に書き下すこと。 𝒜 は取りうる応答の集合である(固定資産 A とは別の量であり、書体で区別する)。

命題4.1は π が 𝒢 可測であることを要求した。 自動化はこれに加えて、応答が事前に書き下されていることを要求する。 契約は事後に検証できれば足りるが、自動化はそうではない。 アルゴリズムとは、事前に指定された可測関数にほかならない。 すなわち

実装可能 : πが𝒢可測 ⊊ 自動化可能 : aがΩ^上で事前指定済 (9.1)

という包含関係が成立する。

問題は Ω が閉じていないことである。 設計時に想定した状態空間を Ω^ ⊂Ω とすると、 ω ∈Ω ∖Ω^ が到来したとき a は定義されていない。 法改正、脆弱性の発見、決済事業者の規約変更、想定外の使用がこれにあたる。

命題 9.2 (無人化は期間の関数である). 未想定状態の到来率を λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 とすると、 無人で運転できる期間はおよそ 1∕λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 である。 有限期間の完全無人は成立するが、無期限には成立しない。

注 9.3 (λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 の上限が測れる). 第10章の区分「内」では、未想定状態への応答が記録に残る。 改修が 0.048、停止が 0.030(いずれも毎年)であり、 応答を要さなかった到来は数えられないから、これらは λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 の下限である (第18.3節、注18.6)。 したがって本命題の 1∕λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 は 20 年より短い。

分布は二峰である。手を入れるものは中央値 42 日で入れ、 入れないものは中央値 4.6 年にわたり入れない。 平均としての 1∕λ はこの二峰性を覆い隠す。

9.2.2 必要なのは労働ではなく可用性

Ω ∖Ω^ への応答は定常的な労働ではない。 通常は何も行わず、到来したときにのみ動く。 この構造は第II部の族2-5(オプション・保証)と同型である。

無人事業の運営者は  Ω に対するショートオプションを保有する (9.2)

平常時の履行 δ はゼロにできるが、可用性はゼロにできない。 労働量は限りなく減らせるが、待機は残る。 「無人」と呼ばれるものは、フローとしての労働が無人なのであって、 オプションとしての可用性は有人である。

これは第8章の容量制約とは別種の拘束である。 式(8.2)が履行の総量に上限を課すのに対し、 可用性は連続して応答できない区間の長さに上限を課す。

定義 9.4 (応答期限と可用性制約). ω ∈Ω ∖Ω^ の到来から応答までに許される時間を 応答期限と呼び T𝑟𝑒𝑠𝑝 と書く。 運営者が連続して応答できない区間の長さを u とすると、可用性制約は

sup ⁡ u ≤T𝑟𝑒𝑠𝑝 (9.3)

と書ける。

式(8.2)と式(9.3)は次元がともに時間であるが、 拘束する対象が異なる。前者は積分に、後者は上限に効く。 したがって労働量をいくら減らしても式(9.3)は緩まない。 一人事業の実務的負担がここにあるという説明が可能である。

両者を同時に課すと、負担の内容がより具体的に書ける。

命題 9.5 (可用性は容量の粒度を制限する). 式(9.3)の下では、履行に充てられる時間は 長さ T𝑟𝑒𝑠𝑝 以下の区間に分断される。 したがって連続した T𝑟𝑒𝑠𝑝 超の時間を要する履行は、 式(8.2)の Cap に余裕があっても実行できない。

証明. sup ⁡ u ≤ T𝑟𝑒𝑠𝑝 は、応答しない区間の長さが T𝑟𝑒𝑠𝑝 を超えないことを要求する。 履行に専念している区間は応答しない区間であるから、その長さも T𝑟𝑒𝑠𝑝 以下である。 連続した T𝑟𝑒𝑠𝑝 超の時間を要する履行はこの区間に収まらない。 □

可用性制約は容量を減らすのではなく、容量の粒度を制限する。 第8章の T𝑑𝑒𝑣 は長い連続時間を要する一方、 運用は短い応答の反復である。命題9.5は、 一人事業において開発と運用が両立しにくいことを、 二つの制約の交差として与える。

注 9.6 (緩和の方向が異なる). 式(8.2)は人を増やせば緩む。 式(9.3)は交代要員を置かない限り緩まず、 一人である限り T𝑟𝑒𝑠𝑝 そのものを延ばすほかない。 応答期限の延長は、契約上の合意か、Ω ∖Ω^ の縮小によって得られる。

注 9.7 (T𝑟𝑒𝑠𝑝 の水準は成分ごとに異なる). T𝑟𝑒𝑠𝑝 は Ω ∖Ω^ の内容に依存する。 第17章で λ𝑛𝑜𝑣𝑒𝑙 を四成分に分解するが、 脆弱性の公表と法改正では猶予の桁が異なる。 式(9.3)を実際に評価するには成分ごとの T𝑟𝑒𝑠𝑝 を要するが、 本稿はこれを測定していない。

注 9.8 (ナイトの区別との対応). Ω^ 上の変動は測度が定義されているためリスクであり、 自動化も保険(族5-4)も可能である。 Ω ∖Ω^ は不確実性であり、どちらもできない。

注 9.9 (無人化の程度は定義できない). 「どの程度無人か」を比として表すことはできない。

履行の側で測る経路は成立しない。 δ は評価写像 v により貨幣単位を持つが、 v が測るのは価値であって手間ではない。 自動化された履行と人手による履行の価値の比は、無人化の程度を表さない。

応答の側で測る経路も成立しない。 自動化とは a が Ω^ 上で事前指定されていることであるから、 程度は Ω^ と Ω の大きさの比になる。 しかし注9.8のとおり Ω ∖Ω^ には測度が定義されない。

したがって障害は単位の不在ではなく測度の不在であり、 定義を精密化しても解消しない。 無人化は程度ではなく期間の関数として述べるほかない(命題9.2)。

注 9.10 (無人化と利潤の関係). Φ と Cprod が完全に事前指定できるならば、それは完全に複製可能である。 したがって競争により ϕ𝑝𝑟𝑜𝑑 → 0 に向かう圧力が働く。 完全無人に近づくほど利潤の源泉が薄くなる。

利潤とは自動化できない残余への報酬である、という読み方が可能である。 ネットワーク効果やブランドが例外を作るため断定はできないが、 機構としては働いていると考えられる。

9.2.3 無料期間の位置づけ

無料試用期間は、δ を提供して π = 0 とする状態、 すなわち事業者が顧客に与信する κ > 0 である。 これが成立するのは限界費用がゼロであるため与信コストがほぼゼロだからである。 物理財の無料試用は在庫を失うが、ソフトウェアの無料期間はインフラ費のみで済む。

無料トライアル = 限界費用ゼロの事業のみが安価に発行できる信用 (9.4)

第8.5節で信用のブートストラップ問題の解を三つ挙げたが、 これは第四の解である。すなわち自ら与信して信用を代替する。 T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡 を κ > 0 のコストで購入していることになる。

9.3 ブートストラップの分解

9.3.1 各項と外部化先

式(8.11)の各項について、誰が吸収しうるかを整理する。 制度層への登録に要する期間を T𝑖𝑛𝑠𝑡 として追加する。

項

内容

外部化先

対価
T𝑑𝑒𝑣

履行系の構築

既製基盤、決済SDK、ホスティング

利用料
T𝑖𝑛𝑠𝑡

制度層への登録

決済代行の加盟店審査、MoR

手数料
T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡

信用の蓄積

プラットフォームの返金保証、無料期間で自弁

手数料、κ > 0
T𝑎𝑐𝑞

顧客の獲得

ストア、マーケットプレイスの流通

販売手数料
Ω^ の列挙

想定状態の設計

不可

—
Φ の選択

契約形態の決定

不可

—
表 9.2: ブートストラップ費用の各項と外部化先、対価。

命題 9.11 (削減不能な残余). 外部化できないのは Φ の選択と Ω^ の列挙の二つのみである。

外部化には一貫した代償がある。 ϕ𝑏𝑎𝑟𝑔 を恒久的に手放すことである。 一回限りの立ち上げ費用を、手数料という永続的な費用に変換している。

9.3.2 族ごとの主成分

第8章で生存した類型について、立ち上げ費用の主成分が異なる。

類型 T𝑑𝑒𝑣 T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡 T𝑎𝑐𝑞 主成分
1-1 デジタル商品の売切り 高 低 低 T𝑑𝑒𝑣
2-1 定額アクセス 高 中 中 分散
6-4 機会課金 中 低 高 T𝑎𝑐𝑞(両面市場)
7-4 寄付・支援 低 高 中 T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡
5-5 IPライセンス 中 高 中 T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡
表 9.3: 生存類型ごとの立ち上げ費用の主成分。

1-1 と 7-4 の主成分が互いに補完的である点に注目すると、 族間の遷移として立ち上げ費用を分割する設計が導かれる。

段階

内容

公開

T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡 を積む。収益ゼロ。副産物として T𝑑𝑒𝑣 が進行する

7-4 支援

積んだ信用のみで最初の π が立つ。T𝑑𝑒𝑣 をほぼ要求しない

1-1 売切り

T𝑐𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡 が済んでいるため立ち上げが軽い。κ ≈ 0

2-1 定額

κ < 0 となり、第5章の意味で成長が現金を生む

表 9.4: 族間遷移による立ち上げ費用の分割設計。

第8章の漏れ出し項 𝜃(式(8.14))が、 ここでは公開から T𝑑𝑒𝑣 への寄与として逆向きに働く。 立ち上げ費用は一括で支払う必要がなく、族を渡り歩くことで分割できる。

9.4 本章の限界

(1)
無人化の程度を表す量を持たない。 注9.9のとおり、障害は単位の不在ではなく測度の不在であり、 定義の精密化では解消しない。本章が述べるのは期間についてのみである。
(2)
T𝑟𝑒𝑠𝑝 の水準を与えていない。 式(9.3)は書けるが、その右辺は Ω ∖Ω^ の成分ごとに異なり、本章は値を特定しない (注9.7)。
(3)
無人化と利潤の逆相関は機構の指摘にとどまる。 反例(ネットワーク効果、ブランド)の扱いを含めた検証を行っていない。
(4)
立ち上げ費用の外部化価格を持たない。 表9.2は外部化先を列挙するが対価を数値で与えていない。 第17章でこれを測定する。