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v0.28.9 — 本稿は建設中です。理論の構成、命題、実証の結論はいずれも変更されうるものです。概要

Chapter 5
成長制約:CCC と自己金融可能成長率

5.1 キャッシュコンバージョンサイクル

売上速度を r(t)、運転資本を定義3.2の W(t) とする。 W は式(3.2)の κi の和であるから、Φ に依存する。

定義 5.1 (キャッシュコンバージョンサイクル). 定常状態において

CCC = W r (5.1)

と定義する。次元は時間である。

5.2 基本不等式

命題3.17の式(3.9)に式(5.1)を代入すると、現金残高が

M(t) = E(t) −CCC ⋅ r(t) − A(t) (5.2)

と書ける。第4.2節の制約 M ≥ 0 はしたがって次の形をとる。

命題 5.2 (基本不等式). 式(4.3)の現金制約は

CCC ⋅ r(t,ω) ≤E(t) − A(t) (5.3)

と同値である。

証明. 式(3.9)に W = CCC ⋅ r を代入して M ≥ 0 を整理すればよい。 □

式(5.3)は運転資本が自己資本から固定資産を引いた額を超えられない と読む。左辺は Φ が決め、右辺は資本構成が決める。 本章の残りと、第II部の各章は、この不等式の特例を扱う。

系 5.3 (規模の上限). CCC > 0 のとき、実行可能な売上速度は

r ≤rmax ⁡ = E − A CCC (5.4)

で上から抑えられる。CCC ≤ 0 かつ E ≥ A のとき、 式(5.3)は任意の r で成立する。

次元は円÷年であり、売上速度と一致する。 g⋆ が成長率の上限であるのに対し、rmax ⁡ は水準の上限である。 両者は別の制約であり、一方は他方を含意しない(注5.8)。

系 5.4 (資本がなければ CCC ≤ 0 の Φ しか選べない). E = 0 のとき、式(5.3)は CCC ⋅ r ≤−A ≤ 0 を要求する。 すなわち CCC ≤ 0 である。

系5.4は第8章の出発点になる。 資本を持たない主体に残るのは、決済が履行に先行する Φ だけである。

式(5.1)の CCC を用いる。

5.3 成長とフリーキャッシュフロー

基本不等式は水準についての制約である。次に変化を扱う。

命題 5.5 (成長とフリーキャッシュフロー). 粗利率を m、設備投資を I とし、 CCC を一定かつ m と独立とすると

FCF = mr −CCC ⋅r˙ − I (5.5)

が成立する。

証明. フリーキャッシュフローは、粗利から運転資本の増加分と設備投資を差し引いたものである。

FCF = mr −W˙ − I.

式(5.1)より W = CCC ⋅ r であり、CCC が一定であれば W˙ = CCC ⋅r˙ を得る。代入すれば式(5.5)が従う。 □

注 5.6 (FCF は現金残高の時間微分である). 式(5.2)を微分する。式(3.10)より E˙ = ϕ −Div˙、 固定資産は投資から減価償却を引いて A˙ = I − dr である。 配当と外部調達がなければ

M˙ = ϕ + dr −CCCr˙ − I = FCF

となる。FCF は独立に導入された量ではなく、式(3.9)の時間微分である。 したがって次節の g⋆ は M˙ ≥ 0 の境界にあたる。

式(5.5)を g について解く。分母には式(5.1)の CCC が現れる。

系 5.7 (自己金融可能成長率). 売上高減価償却費率を d とし、成長率を g = r˙∕r とすると、 FCF ≥ 0 の条件は

g ≤g⋆ = m + d − I∕r CCC (5.6)

である。CCC < 0 のとき g⋆ は存在せず、任意の成長率で FCF > 0 となる。

証明. m を営業利益率とすると減価償却費が控除済みであるが、 減価償却は現金支出を伴わない。したがって現金ベースの粗利は (m + d)r である。 式(5.5)を修正すると FCF = (m + d)r −CCCr˙ − I。 r˙ = gr を代入して r で割れば FCF∕r = (m + d) −CCCg − I∕r。 FCF ≥ 0 を g について解けば式(5.6)を得る。 CCC < 0 のときは左辺が全ての g > 0 で正となる。 □

5.4 水準と変化は別の制約である

注 5.8 (水準の制約と変化の制約は独立である). 系5.3は M ≥ 0 から、系5.7は M˙ ≥ 0 から出る。 一方は他方を含意しない。M(0) > 0 であっても g > g⋆ ならば M は減少し、 有限の時刻で式(4.3)が破れる。

命題 5.9 (現金の枯渇時刻). I = 0、g 一定、r(t) = r0e𝑔𝑡 とする。g > g⋆ = (m + d)∕CCC のとき、 M(0) = M0 > 0 から出発しても現金は

Tins = 1 gln⁡ (1 + gM0 (CCCg − m − d)r0 ) (5.7)

で尽きる。g ↓ g⋆ のとき Tins →∞ である。

証明. 注5.6より M˙ = ar0e𝑔𝑡、a = (m + d) −CCCg である。 積分して M(t) = M0 + (ar0∕g)(e𝑔𝑡 − 1)。 g > g⋆ より a < 0 であるから M は減少し、M(Tins) = 0 を解けば 式(5.7)を得る。g → g⋆ で a → 0 となり対数の引数が発散する。 □

式(5.7)は、命題4.7が記号で導入した倒産時刻に値を与え、 系4.8の黒字倒産がいつ現実化するかを定める。

例 5.10 (g⋆ は閾値だが崖ではない). m = 5%、d = 2%、CCC = 0.25 年、M0 = 100、r0 = 1,000 とすると g⋆ = 28% である。

成長率 Tins
g⋆ + 0.001 16.8 年
g⋆ + 0.01 8.7 年
g⋆ + 0.05 3.9 年
g⋆ + 0.2 1.4 年
g⋆ + 0.5 0.6 年
表 5.1: g⋆ の超過幅と現金の枯渇時刻。

わずかな超過には十数年の猶予があり、大幅な超過は一年で尽きる。 g⋆ を超えたかどうかではなく、どれだけ超えたかが効く。

注 5.11 (CCC は需要変動の増幅係数でもある). 式(5.2)は r について線形であり、係数は −CCC である。 E と A が短期に r と独立であれば

Var ⁡ [M] = CCC2 Var ⁡ [r]

となる。CCC は水準の上限を決めるだけでなく、 需要の変動を現金の変動に増幅する。 CCC が大きい業種ほど、同じ需要変動に対して式(4.3)が破れやすい。

本稿は r の過程を指定しないため ℙ(Tins ≤ t) を与えない。 増幅係数が CCC であることは過程の指定なしに言える。

注 5.12 (I ≈ dr の仮定を置かない). 資産規模が一定であれば I = dr となり、式(5.6)は m∕CCC に帰着する。 本稿はこの仮定を置かない。第14.5節の測定によれば、 I∕r は業種と規模によって − 1.8% から 6.7% まで分布し、 d と一致しない。

注 5.13 (CCC が小さい場合の発散). 式(5.6)は CCC → 0 で発散する。 CCC が正であっても数日程度であれば、分子の微小な変動が g⋆ を大きく動かす。

たとえば CCC = 5 日のとき、分子が 1 ポイント変化すると g⋆ は約 73 ポイント動く。 CCC が小さい業種では g⋆ は指標として機能しない。 第14.5節ではこれを標準偏差の併記により示す。

g⋆ は自己金融可能な成長率であり、[4]の self-financeable growth rate と実質的に同一である。 FCF と成長率の関係を図5.1に示す。

図 5.1: 成長率とフリーキャッシュフロー。縦軸切片が式(5.6)の分子、CCC の符号が傾きの符号を決める。

例 5.14 (g⋆ の実際の値). 営業利益率 m = 5%、減価償却費率 d = 2.5%、設備投資 I∕r = 3.5% の事業を考える。 第14.5節で測定した全産業の値に近い。 分子は

m + d − I∕r = 5.0 + 2.5 − 3.5 = 4.0%

となる。CCC の値ごとに g⋆ を計算する。

CCC(日) CCC(年) g⋆ 参考:m∕CCC
120 0.329 12.2% 15.2%
90 0.247 16.2% 20.3%
60 0.164 24.3% 30.4%
30 0.082 48.7% 60.9%
−30 −0.082 存在しない 存在しない
表 5.2: CCC の値ごとの g⋆ と m∕CCC(数値例)。

CCC = 120 日の事業は年率12%を超える成長で必ず外部資金を要する。 一方 CCC = −30 日の事業は、成長が速いほど現金が増える。 符号が定性的な体質を、絶対値が定量的な余裕を決める。

右端の列は d と I を無視した場合の値である。 本例では d < I∕r であるため m∕CCC は g⋆ を過大に評価する。 減価償却を上回る投資を行う事業では、m のみによる評価は楽観的になる。

注 5.15 (定義域). 式(5.1)は定常状態を前提としており、r ≈ 0 の創業直後には定義されない。 この点は第12.4節で改めて扱う。

5.5 CCC は遅れ時間の和である

命題3.12を式(5.1)に代入すると、r が消える。

命題 5.16 (CCC の構造). 定常状態において

CCC = ∑ iτi + τinv,τinv ≡ Inv r (5.8)

が成立する。すなわち CCC は流量に依存せず、遅れ時間の和である。

証明. W = ∑ ⁡ iκi + Inv と式(3.7)より W = r∑ ⁡ iτi + Inv。両辺を r で割れば従う。 なお式(3.7)は時間平均として成立する(注3.13)ため、 本命題も平均についての主張である。 □

式(5.8)から三つの帰結が出る。いずれも演繹であり、観測を用いない。

系 5.17 (水準差の源泉). τi は第2.5節の自由度(1)、すなわち supp ⁡ (π) と supp ⁡ (δ) の前後関係が指定する量である。 したがって CCC の水準は Φ が決める。

系 5.18 (横断比較の無意味さ). 異なる Φ を持つ対象の間で CCC の水準を比較することは、 異なる契約形態を比較することであり、 需要や効率についての情報を持たない。

系 5.19 (集計は r 加重平均になる). 命題3.9の並置において、部分ごとの売上速度を rk とすると

CCC = ∑ kwkCCCk,wk = rk ∑ jrj (5.9)

であり、CCC は加法的でない。

証明. W = ∑ ⁡ kWk(命題3.9)と Wk = CCCkrk より CCC = ∑ ⁡ kCCCkrk∕∑ jrj を得る。 □

式(5.9)は、異なる族の Φ を並行して運用する企業について CCC を計算すると異符号の加重平均を観測することを意味する。 観測単位を企業ではなく Φ に置く根拠がここにある。

系 5.20 (変化の分解). 式(5.8)の差分は

ΔCCC = ∑ iΔτi⏟ 契約の変化 + Δτinv⏟ 運用の変化 (5.10)

と分かれる。式(5.10)において Δτi≠0 は契約条件の変更を意味し、 Δτinv は契約と独立に生じる。

5.6 経路制約と尖頭

式(4.3)はすべての t と ω について課される。 一方、注3.13のとおり κ¯i = rτi は時間平均である。 拘束するのは平均ではなく尖頭である。

命題 5.21 (尖頭の運転資本). 売上速度が一定、締め期間 Tb、支払サイト τi のとき、 κi(t) の時間平均は r(τi + Tb∕2)、最大値は r(τi + Tb) である。 したがって式(5.3)は

r ≤ E − A CCC + Tb∕2 (5.11)

となる。

証明. 締め時点 kTb に [(k − 1)Tb,kTb) の履行が請求され、kTb + τi に決済される。 未決済の累積は請求前の経過分と請求済み未決済分の和であり、 締め直後に最小 rτi、締め直前に最大 r(τi + Tb) をとる鋸歯となる。 一周期にわたる平均は r(τi + Tb∕2) である。 平均で測った CCC に対し尖頭は Tb∕2 だけ大きいから、 式(5.3)の左辺を尖頭で評価すれば式(5.11)を得る。 □

月次締めであれば Tb∕2 は約15日である。 平均から計算した CCC で必要な資本を見積もると、半月分だけ過小になる。 第IV部の測定は期末残高または期中平均に基づいており、この差を含まない。

5.7 比較静学

本章の量はいずれもパラメータの関数である。 微分を並べると、Φ の設計者が何をどれだけ動かせばよいかが読める。

量 微分

内容

g⋆ ∂ln⁡g⋆∕∂τi = −1∕CCC

i に依存しない

g⋆ ∂g⋆∕∂𝑚 = 1∕CCC

利益率の改善は CCC が小さいほど効く

式(5.4) ∂ln⁡rmax ⁡ ∕∂τi = −1∕CCC

g⋆ と同一の係数

式(5.4) ∂ln⁡rmax ⁡ ∕∂𝐸 = 1∕(E − A)

増資の効果は A が大きいほど強い

Var ⁡ [M] ∂Var ⁡ [M]∕∂CCC = 2CCCVar ⁡ [r]

注5.11

表 5.3: 本章の量の比較静学。

命題 5.22 (遅れ時間は限界で完全代替である). 式(5.8)より、任意の i について ∂ln⁡g⋆∕∂τi = −1∕CCC であり、i に依存しない。

証明. g⋆ = (m + d − I∕r)∕CCC と CCC = ∑ ⁡ jτj + τinv より ∂CCC∕∂τi = 1、したがって ∂ln⁡g⋆∕∂τi = −∂ln⁡CCC∕∂τi = −1∕CCC を得る。 □

回収を一日早めることと、支払を一日延ばすことは、g⋆ に対して等価である。 表5.3の第三行より、rmax ⁡ についても同じ係数が現れる。 水準と変化のどちらを見ても、Φ の設計指針は変わらない。

系5.18は、 注2.5で述べた制約に演繹的な根拠を与える。 本稿の量が水準として定義されていることは記述上の選択だが、 横断比較ができないことは定義からの帰結である。

注 5.23 (比較可能な量を構成できない). 系5.18は比較できない理由を述べるが、 比較する方法を与えない。

自然な候補は、契約が指定する τicontract からの乖離

τiobserved − τ icontract

である。この量は Φ に依存しないため業種を跨いで比較でき、 契約どおりに履行されているかを測る。

しかし τicontract は個別契約の支払条件であり、公表統計に存在しない。 理論の問題は解けたが、測定の問題に移った (第13.2節の分類では(iv)アクセス制約)。

注 5.24 (m と CCC の独立性). 系5.7は g⋆ を比として与えるが、 分子と分母が独立に動くことを保証しない。

第14.5節の測定では、2000年度から2024年度にかけて CCC が 49%、m が 91% とともに上昇している。 運転資本を厚く持つことと利益率が高いことが正の関係にあるならば、 g⋆ の変化を「制約の緩和」と解釈することはできない。

本稿は両者の関係を定式化しない。 g⋆ は比の値として報告するにとどめ、因果的な解釈を与えない。